無駄な雑談を断ち切って、早数ヶ月が経ちました。
何事も表裏一体なので「これまで頻繁に雑談していた人との雑談を一切無くす」という変化にともなって

メリットばかりでなくデメリットもでてくるものかしら?
と軽く覚悟は決めていたのですが、その後まさかの
一切のデメリットが発生しておりません。
びっくらぽん
一方でメリットはたくさんありました。
自己嫌悪しなくなった
「どうでもいい」ことに時間を使うとすごくストレスになりませんか?
時間、お金、労力などなど
「〇〇を無駄にした」と思ったとき、わたしは強いストレスを感じます。
わたしにとって彼女は雑談して楽しい相手でもなく、学びやモチベーションをもたらしてくれるわけでもなく、惰性で何年も付き合ってきてしまった人でした。
わたし自身の暇つぶしからスタートさせてしまったことだから彼女を恨むことはできないけれど、彼女との会話のあとに残るのはいつも謎の疲労感だけ…
人と話すことがリフレッシュになる場合も多くあるはずなのに、それすらもなく。
ゆえに彼女と話すと毎回「時間を無駄にしてしまった」と、自己嫌悪に陥っていました。
攻撃せずとも相手を自己嫌悪に陥らせることってできるんだなぁ。
それほどまでに相性の良くない相手だったのに何年も断ち切れなかったのだから惰性ってもんは恐ろしい。
面倒ごとの回避
わたしから雑談を振るのをやめたことで、変化に敏感な彼女はわたしの近くに来なくなりました。
これまではよくわたしの背後にある作業机を陣取って一日中そこに滞在するようなこともあり、背後の気配にぞわぞわしながら過ごしたものですが、それがなくなってなんと快適なこと。
彼女は自分の仕事を人に手伝わせることを厭わない性格なので、頻繁に雑談していたころはよく彼女の仕事を手伝う流れになったものです。
日常業務内で色々と面倒ごとに巻き込まれることも多々ありましたが、雑談を断ち切り彼女と距離感が生まれたことによってその頻度がぐっと下がりました。
辛いものを欲さなくなった
不思議なことに彼女との雑談をやめて以降、辛いものを欲さなくなりました。
家族から

あんまり辛いものばっかり食べてると胃に穴があくぞ
と軽く心配されるほどには激辛と名のつく商品を日常的に好んで摂取していたのですが、それが止まりました。
「辛いものが好きすぎて困る」と思ったことはありませんが、辛いもの・刺激物を喜ぶのは脳だけで体にいいことないと聞いたことがあるので、それが本当だとしたらこの変化は体にとって大きなメリットだなぁと。
たとえばパワハラに遭ったときのようにわかりやすく大きなストレスではないから自覚していなかったけれど、明らかな食生活の変化を受けて

あの雑談はわたしにとって結構なストレスだったってことかなぁ
と逆に気づきになりました。
唯一のデメリット
冒頭に「デメリットは一つもなかった」と明言しておきながらなんですが、終盤になってひとつだけデメリットを発見しました。
それは
ブログのネタがなくなった
こと。笑
ここ数ヶ月続いていた2日に1回ペースでの更新がうっかり途切れてしまったのは彼女と雑談しなくなったことが原因な気がします。
それほどまでにわたしのブログは彼女への不満で満ち溢れていたんだなぁ
そう思うと、よくそんな相手と不必要な雑談を何年もしてきたな?と自分に呆れる。
最近、友人がインスタのストーリーに
何かを始めることよりも何かを手放すことのほうが難しい
何かを始めるときは期待でワクワクしている
何かを手放すときこれまでにかけた時間が惜しく感じるし手放したら後悔するかもと考える
と投稿していました。
手放すことに一切のデメリットを感じていなかった彼女との雑談すら何年も手放せずにいたわたしって、あまりに捨てることが苦手すぎない?
考えてみたら、確かに心当たりしかない。
せめて彼女との雑談のように自分の中に意味を見いだせないようなことくらいはどんどん捨てるようにしないと。
よりよい人生のためには得ることばかりではなく捨てることも重要なのだ!

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