スピリチュアルな知人に感じる違和と恐怖

DIARY

占い vs スピリチュアル

わたし、そこそこ占いが好きなほうです。

でもスピリチュアルなことには懐疑的です。

どちらも興味ない人からしたら一緒くたにされそうなことですが、わたし独自の境界線だと比較的根拠がありそうなことは興味があって好きみたいです。

占いのどこに根拠が?と嘲笑が聞こえた気がしますが、生年月日や名前、占星術での占いなど、サンプル多数!これまで長らく研究もされてきて、占いというか、統計学に近いものを感じます。

血液型占いや巷に転がっている占いはバーナム効果でしかないと冷めた目で見つつ、星座占いはじめ生年月日で占うものなどはよく統計がとれていて、分析されていて、当たっているなぁと感じます。

スピリチュアルな人々

大人になると意外とスピリチュアルガチ勢と出会う機会がありますね。

学生時代なら「ちょっと変わっている」とまわりに評価されたような子たちが、個性派キャラじゃなくて普通にいる。

もしかしたら出産を機に目覚める人が多いのかしら。

「ママってときどきスピるよね!」と、若い女の子がyoutubeで言っていたのを唐突に思い出しました。

宗教にしてもスピリチュアルにしても信じる者は救われると思うのでその人々を否定する気はないのですが、「宇宙とつながる」「引き寄せの法則」を全身で信じて、清い心で関連ビジネスを進めている知人を見てふと思ったことがありました。

悪いことが起こるのは自分のせい?

Wikipediaの引き寄せの法則のページ内、批判の項目にありました。

”悪いことが起こるのは悪いことを考えるからだ、と被害者批判をすることになる”

”歪んだ考え方によって、現実世界を不正確に認識したり、過剰な自信を持ち、他者にも過剰な期待を押し付けるなど、人間関係や社会との関係に齟齬と軋轢が生じ、物事が期待した通りにいかなかった場合に、自己責任の意識、自責感が強まり、ポジティブ思考のはずが、逆にネガティブな気分が頭をもたげることがあるとされる。”

ほんそれ。

スピリチュアルな彼女ご本人とお話するとわたしの中でムクムクと湧き出る違和感の正体がそこで言語化されていました。

わたし自身は「転ばぬ先の杖」タイプで、起こったことで傷つかないよう、悪い想像も事前にしておくことが多いです。

でも、わたしの人生で一番つらかったことトップスリーはどれも想定すらしてなかった内容で起こりました。

悪い想像の9割は起きないと言われますし、実際そうだと思いますが、起こる悪いことは想像より悪かったりするものですよね。

確かに彼女の推し説の通り、「想像通り良いことが起きた」経験も過去にいくつかあります。でもそれは、たまたまわたしの思いと出来事のフローが合致しただけで、わたしが思ったからそれを引き寄せることができたのとは違うと思います。

こんなことを書いていますが、この記事の主旨は彼女の推し説の否定ではありません。

彼女がそれを信仰することで生きやすくなり、救われているのは事実です。

でもその「これを信仰することで生きやすくなる対象」って人によって様々だとわたしは思います。

わたしが彼女に対して感じる違和感は「これを信仰すればみんな救われる」と妄信しているところです。誰かに起こったなんらかの出来事を自分の信仰する説に当てはめようとするところです。

自分がいいと思うものを人に広めたい気持ちは善だと思うけれど、なにかにどっぷり傾倒している人にうっすら恐怖心を感じてしまうのは少数派でしょうか。多数派でしょうか。

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