タイトルは曲を完成させたあとに考えます
あのときは意外に思ったけど、今は理にかなった方法だと思う。
- なんの話題で書くか決める
- タイトルをつける
- 文章を書く
これまでずっとこの順番で思考してきたが、話題だけ決めて、オチや主題も未知数の段階でタイトルをつけても書きあがった内容とタイトルのミスマッチが起きる。
たとえば「キュウリ美味しい」という話題でブログを書くことに決めて、タイトルをそのようにつけても 書き終わりのまとめのころには「したがって夏野菜は最高」みたいなオチになってて…
絶妙なズレ。だったらタイトルは「夏野菜万歳」あたりが良かったんじゃないですかねぇ、と
今後はそのミュージシャンのやり方を見習ってできあがってからタイトルをつけるようにしてみる所存です。
さて、ブログも日記も初心者な著者がやっとこさ10記事ほど作成してみて
なんて難しいの…
と思うこと3選を書きます。
深く掘り下げられない
わたし、なんてうすっぺらな人間だったのでしょう…
意見はあるほうだと思ってたし、もっと考えてる人間だと思ってました。
勘違いでした。
何についても一言は意見や感想あります。
でも一言しかないんです。
ブログどころかツイッターの140文字も手に余るくらいです。
これが話始めと話終わりで一貫性がない原因かと思います。
一つのことでたくさん書けず、話題が次から次へと移り変わる。
口調がそろわない
あるときは論文口調で「だ、である」
あるときは読者へ語り掛け口調で「~なんですよ、~なんですか?」
あるときは読書感想文のように「です、ます、だと思います」
記事ごとに口調が違うならまだしも、ひとつの記事の中でそれらが入り乱れる混沌。
気づいてはいるし、気になってもいるんだけど、それを直すのは全体を書き直すのと同義
書き終わりにそんな気力は残っていないので、諦観して公開ボタンを押しています。
自分の日本語への違和感がとまらない
一文を何度書き直していることか。
1日目の1記事目を書いたときと10記事目を書いたときを比べても、そこにはまだ成長は見られない。
「けど」と書いたのを消して「だが」にしてみたり、
「って」と書いたのを消して「と」にしてみたり、
「字」と書いたのを消して「文字」にしてみたり、
読めば読むほどドツボにはまる。
遅筆ながらにできあがった記事をプレビューで読んで違和感再燃
再度直し。
これも一種のゲシュタルト崩壊?
※文字や図形などをちらっと見たとき、それが何の文字であるか、何の図形であるかを一瞬で判断できるのに、これを持続的に注視し続けることで、全体的な形態の印象、認知が低下してしまう知覚現象のこと。
もちろんその他にもワードプレスの機能は使いこなせないわ、
内容がまとまってないわ、
誰向けに書いてるかも定まらないわ、と難しいことだらけですが
続けることを第一優先事項としてこだわりすぎずに書いていきます。
追伸
最後につけようと試みたタイトルをまんまと失念しました。
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