出世欲もない私に会社の人と仲良くする必要性などないのである

DIARY

会社の人間関係って本当に面倒くさいですよね。

特別嫌な人がいるわけでなくても同じ箱の中に入っているだけで面倒くさいと思ってしまう自分は本当に社会不適合者であると感じます。

人間は一人では生きられない、弱い生き物なのにね。

でも自分本位にぼんやり考えてみた結果、

わたし
わたし

やっぱ別に会社の人間関係大切にする必要ないじゃん

となったので、それを記します。

話すメリットのない人

話していて楽しくない

学べることがない

関わりたくない

話していて楽しくない理由は

  • 共通の話題がない
  • 物事に対しての解釈が大きく異なり話がかみ合わない
  • こちらの話が一発で通らず興ざめ
  • ピントのズレたリアクションがくる
  • わたしが相手のことを知りたいと思っていない

ことが挙げられます。

会話は相互コミュニケーションなので相手方だけの問題ではありませんし、そもそも一番最後の理由的に問題はわたし側にありそうです。

ただ、それをどうにか解決しようと思う動機も見当たりません。

この人たちとの会話に娯楽要素を見いだせないならせめて学び情報があればと思うのですが、なないしなぁ

これは実際に何一つ有益なものがないからなのか、それともわたしが相手方を見切りすぎて見落としているだけなのか…

二つ目に挙げた「え、その話でそう解釈する?」の具体例は最近だと、

これまで〇〇さんと話した内容から考えて、〇〇さんはそんなにバリバリ仕事したいタイプではないです。だからプロジェクトリーダーのポジションも狙っていないと思います。

わたし
わたし

へぇ~

〇〇さんと一緒にごはんに行ったときに「全部の仕事を自分でやりたい」って言ってましたし!

わたし
わたし

・・・?

そんな発言を聞いたら、わたしなら彼女とは真逆に「〇〇さんは仕事をバリバリしたい人だ」と解釈します。こんな風に「なんでこの話をこう捉えた?」と思うことがあまりに多くて、

わたし
わたし

色んな解釈、違った考え方で面白い~!

とはならず、

わたし
わたし

この人と雑談するのむっず!

こちらの話した内容も捩じれて伝わってることばっかりだしな

と思うわけです。

反面教師にしている人

マイルールに他人を巻き込む

不幸そうな毒々しいオーラ

愚痴の無限ループ

「話すメリットのない人」に関してはポジティブに捉えるならば人間観察のデータ収集や対人スキルの練習台と捉えることもできるでしょう。

ただ、こっちのパターンの人は自分にネガティブな影響を及ぼすので距離を置くように…とAIは言います。

でも個人的には「話すメリットのない人」よりもこっちのパターンの人からのほうが多少の学びがあると感じます。

関わらないのが一番なのは大前提として、

わたし
わたし

こうはなりたくない

こうすると人が寄り付かないんだなぁ

のオンパレードで、反面教師としての価値があるからです。

わたしの職場にいるこのタイプの人は「お局さん」と呼ばれる類ですが、あのー… 大変失礼ながら、このタイプの方々って人生の楽しみお持ちなんでしょうか…?

趣味も打ち込めることも好きなこともなさそうに見えるのですが…

この毒タイプモンスターは大概の場合だれかに標的を定めて一定期間攻撃します。

自分がターゲットにされている期間こそ悲しくなったりもしますが、ターゲットから外れて俯瞰して見ると

わたし
わたし

なんて憐れなモンスターであることか

と思うのです。

愚痴を言い合える友達もおらず、だれかに自分の愚痴を聞かせて結託を目論むもそれも叶わず、夫との関係は冷めきっており、または彼氏はおらず、気分転換できる趣味もない

「一人時間が好き」の「一人」とこれは違う。こっちは「孤独」のほう。

でもそこよりもなによりも一番最後の項目が可哀想ポイントだとわたしは思うのです。

楽しめることがないということは自分から生まれる感情が「負」ばかりで、気分転換の術もないということはその「負」をずっと抱え続けるということですよね…?

平和な日本で、一番自らを不幸せにする生き方してるなぁ

今後もわたしは排他的に生きる

わたしはいつかこの排他的な生き方・考え方を後悔するのでしょうか。

わたし
わたし

あのときあの人たちを切り捨てずに仲良くできるように努力すべきだった

と思う日はくるのでしょうか。

広く交友関係を作れないこの性格は学生時代からずっとで、大抵の人付き合いをその場限りと思ってやり過ごしていました。

環境が替わるごとに「これからも連絡しよう」と言ってくれる方が大変ありがたいことに存在しましたが、それを積極的に避けようとしたわけではなくても自分が好意を抱いていない人との関係はすぐに「無」になりました。

始まりもしなかったものも多々あります。

関係を続けるためには相手に対してニュートラルでももちろん悪感情でもなく、多少なりとも好意を持っていることがわたしには必要でした。

①幼少期、②小学校、③中学校、④高校、⑤大学、それぞれの環境でたった一人だけ仲良しの子ができたとしてもそれだけで五人になります。

習い事などのその他の環境で気の合う人と出会うこともあるでしょうし、そこに家族なども加えると「大切な人」はそれだけで片手には収まらない人数になります。

忙しい日々を過ごす中で、”頑張って”好きな人を増やす必要性などないと思うのです。

今ある大切な人・もの・ことに使う時間すら十分ではないのに。

だからわたしはこれからも上記に挙げた会社の人から食事に誘われてものらりくらりと断って、ムカつくことがあってもブログのネタあざまーすと思って、わたしの大切な時間をうっかりその人たちのために使ったり、好きになろうと努力したりせずに切り捨て御免で過ごそうと思っています。

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